おばあちゃん。わかる?俺だよ。おばあちゃんの孫だよ。
「どちら様でしょうか?」
・・・・・・
毎年のお盆の時期、お墓参りに行くのが我が家の慣習だ。
お墓参りに行って、お花やお線香あげて。
それから、おばあちゃんに会いに行く。
何年も続けてる慣習。
もう90歳にもなるおばあちゃん。足腰も悪くて杖がないと歩けない。
でも、頭だけはしっかりしてて、他の同年代の人よりも頭がよくて、会話も達者。
外貨のトレードでちゃっかり利益出してたり、もう先が長くないからって相続とかのいわゆる終活をしてたり。
俺はそんなおばあちゃんのことを尊敬していたし、いつも優しくしてくれる偉大な存在なんだ。そう思ってる。
そんなおばあちゃんに変化がおとづれたのは一年くらい前のこと。
急に同じ話題を繰り繰り返すようになって。
「いつ亡くなっても良いように覚えておきたいから」
そんなことをいいながら帰るときに抱きしめてくれるようになったよね。
自分自身がもう先が長くないことを予感してるのかな。
まだ、頭もしっかりしてるし、大丈夫。そんな風に思ってた。
でも今年は様子が違った。
「どちら様ですか?」
そんな声がおばあちゃんから聞こえてきた。
ついに来てしまったのか。
言いようの無い心臓がぎゅ-っとなる感じを胸に、
「俺だよ。おばあちゃんの孫の、、、」
そういったら思い出してくれた。孫である自分のことを認識してくれた。
少しほっとしたのと同時に、忘れていくこと、死というもの、残り時間を意識し始めた。
「俺がおばあちゃんにしてあげられることって何が残っているのかな。」
おばあちゃんが俺にしてくれたこと、注いでくれた無償の愛情に比べたら、返せるものなんてとてもちっぽけだ。
でも、俺ができることで少しでも返せるなら。
今は強くそう思う。
就活が終わった年で、大学院卒業して、これから稼げるようになるよ。
内定式も報告するし、卒業も報告するし、初任給がでたらおいしいものおごりに行くよ。
だから、もう少し待ってて。覚えててね、おばあちゃん。
俺、おばあちゃんほどじゃないけど立派な人間になるよ。
いままで、宣言してできなかったことはないんだよ俺。
だから、お願いだからもう少しだけ…。
老いは必ず来る。
おばあちゃんだけじゃなくて、お母さん、お父さんにもそれを感じる。
自分が年を重ねらからかもしれないけど、両親の偉大さと、今の老いていく背中のちっぽけさを両方感じるようになった。
貧乏だった時代に毎日ごはんちゃんと食べさせてくれたこと。野球できるようにサポートしてくれたこと。仕事もあるのに朝早いし、飯も大量だし大変だったよね。
「時間は無い。」
最近よく感じること。
だからなるべく両親とも一緒にいることにした。
あと、もう1個目標。社会人なったら100万円プレゼントして好きに旅行してもらう。
おばあちゃんに返せるもの、親に返せるもの、もらったものに比べれば全然小さい。
だから、もっと成長して、誰よりも意識して自立して、恩返しに行きます。
なるべく、人のために時間を使うようにします。自分のため、他人のために。
今日のことはどうしても忘れたくなくて、ブログに残しておくことにしました。
世話になった人には返せるうちに少しだけでも恩返しすることをオススメします。
それでは。